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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)104号 判決 1996年3月28日

原告

佐川急便株式会社

右代表者代表取締役

栗和田榮一

右訴訟代理人弁護士

八代徹也

被告

中央労働委員会

右代表者会長

萩澤清彦

右指定代理人

神代和俊

外四名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が中労委平成六年(不再)第二五号事件につき平成七年四月一九日付けでした命令のうち、主文第2項を取り消す。

第二  事案の概要

大阪府地方労働委員会(以下、大阪地労委という)は、全日本運輸産業労働組合大阪府連合会(以下、運輸労連大阪府連という)及び佐川急便労働組合(以下、佐川急便労組という)が原告を被申立人として申し立てた大阪地労委平成五年(不)第四二号及び同第五八号併合事件について、別紙一記載の主文の救済命令(以下、初審命令という)を発した。これに対する原告からの再審査申立て(中労委平成六年(不再)第二五号事件)を受けた被告は、別紙二記載の命令(以下、本件命令という)を発した。本件は、原告が本件命令のうち、原告と佐川急便労組間の右再審査申立てを却下する命令の取消しを求めたものである。

一  前提となる事実(末尾に証拠を掲げたもの以外は、当事者間に争いがない事実)

1  運輸労連大阪府連及び佐川急便労組は、平成五年八月一三日及び同年一〇月一三日、原告を被申立人として、大阪地労委に対し、不当労働行為の救済を求める初審申立てを行い(大阪地労委(不)第四二号及び同第五八号併合事件)、大阪地労委は、平成六年六月七日、初審命令を発した。

2  原告は、平成六年六月八日、被告に対し、再審査申立てを行い、初審命令の取消しを求めた(中労委平成六年(不再)第二五号事件)。

3  佐川急便労組は、平成六年九月一四日付けで運輸労連及び運輸労連大阪府連に対し、執行委員長中西幸一(以下、中西という)名義で「当組合は組合員の脱退により一九九四年七月一五日解散いたしました。従って貴運輸労連を脱退致します。皆様本当にありがとうございました。」との文書を送付した(乙七)。

4  運輸労連大阪府連は、平成六年九月一六日付けで、被告に対し、「佐川急便労組の運輸労連大阪府連からの脱退(九月一四日付け)により、今後一切、被申立人として争わないことを通告いたします。」との通知書を提出した(乙五)。

5  中西は、平成六年一〇月五日付けで被告に対し、佐川急便労組元執行委員長名義で「佐川急便労組は、一九九四年七月一五日、組合員全員の脱退により解散し、同時に運輸労連を脱退致しました。以上の経過により、佐川急便労組として申立てを維持する意思はありませんのでその旨報告致します。」との報告書を提出した(乙七)。

6  被告は、平成六年一〇月二六日、再審査申立てに係る第一回調査期日を原告のみの出頭により行い、即日結審した(乙一〇)。

7  被告は、平成七年四月一九日付けで、原告と佐川急便労組との間の右再審査申立てを却下する命令を含む本件命令を発し、同命令書は、平成七年五月一二日、原告に送達された。

二  争点

原告には本件命令の取消しを求める訴えの利益があるか。

三  争点に関する当事者の主張

(原告)

1 被告は、本件命令で佐川急便労組が平成六年七月一五日に解散したと認定している(労働組合の消滅日は特定日であり、一定期間内のどの時点かで消滅したということはあり得ないところ、被告は佐川急便労組が七月一五日に消滅したとの報告を受けたと認定しているから、右日時を解散日と認定していると解するべきである)。しかしながら、同年七月二二日及び八月一〇日に原告が佐川急便労組との間で団体交渉を実施していること、佐川急便労組の運輸労連大阪府連からの脱退が同年九月一四日付けであること、大阪地労委で佐川急便労組の代理人をしていた弁護士が佐川急便労組宛てに平成七年の年賀状及び暑中見舞い状を送付していること、被告が佐川急便労組に対して原告意見書(同年一〇月二六日付け)に対する反論の提出を求め、佐川急便労組代理人名義の同年一二月一日付けの意見書が提出されていること等を考慮すると、佐川急便労組が同年七月一五日に解散していないことは明らかである。

2 被告は、本件訴訟になって初めて、佐川急便労組が遅くとも平成六年一〇月五日には消滅していたと主張するが、本件命令発令時点の処分理由ではないから右主張は失当である。

なお、佐川急便労組が運輸労連大阪府連を脱退した旨の文書を平成六年一〇月五日に被告に通知したからといって佐川急便労組が同年一〇月五日に消滅したことの根拠とはならないし、同年七月一五日以降一〇月五日までのどの時点かを特定しないで佐川急便労組が消滅したと認定することはできないというべきである。

3 被告は、佐川急便労組が救済申立てを維持する意思がないことを明らかにした書面を提出しているのであるから、初審命令を取り消して救済申立てを却下する旨の命令を出すべきであった。被告の結論によると、消滅して存在しないと認定している労働組合に対して救済命令を履行しなければならないことになり不当である(被告は佐川急便労組の消滅によって初審命令の拘束力は失われたと主張しているが、本件命令の理由中には記載がないから、そのような解釈はできないというべきである)。初審命令発出時点で適法とされた命令であっても、本件命令発出時点で名宛人たる労働組合が消滅した場合には、取り消されるべきであり、本件命令発出時点で存在していた労働組合が取消訴訟係属中に消滅した場合とは事案が異なる。

4 ポストノーティスは、その補充的裁量的性質から、他の救済命令の主文が存在して初めて存在しうるものであるところ、本件命令は、ポストノーティス以外の救済命令が存しないから、違法であり取り消されるべきである。

(被告)

1 本件命令は、平成七年四月一九日(命令書の日付け)時点で、佐川急便労組が既に消滅していることを認定しているのみで、平成六年七月一五日に解散消滅したことを認定しているわけではない。また、佐川急便労組は初審命令発出時点において組合員が中西一人となっていたこと、中西が被告に対して平成六年一〇月五日付けで佐川急便労組元執行委員長名義で佐川急便労組が同年七月一五日に組合員全員の脱退により解散して運輸労連を脱退したとの文書を提出していること、佐川急便労組は運輸労連大阪府連に対して同年九月一四日付けで同年七月一五日に組合員の脱退により解散した旨の文書を提出していること、被告における第一回調査期日(同年一〇月二六日)に中西は出頭していないこと、中西は同年一〇月初めころ全日本港湾労働組合に加入し、同労組関西地方建設支部佐川急便分会を結成し、同支部が同年一〇月一一日付けで原告に対して中西が支部に加入した旨の通知と団体交渉申入書等を提出したところ、原告は中西が二重加入しているのであればどちらの組合とも団体交渉をすることはできないと主張していたこと、以上の経緯に照らせば、佐川急便労組は、遅くとも同年一〇月五日には消滅していたものとみるべきである。

2 原告の再審査申立ては、佐川急便労組が本件命令発出日以前に消滅したことから、初審命令がその拘束力を失い、原告がこれに何ら拘束されなくなったのであるから、再審査申立ての利益がなく却下されるべきものである。したがって、被告の発した本件命令は適法である。

第三  当裁判所の判断

一  原告は、本件命令が佐川急便労組の消滅日を平成六年七月一五日と認定していると主張しているが、本件命令は、本件命令発出時点(平成七年四月一九日)において、佐川急便労組が既に消滅していることを認定しているもので、平成六年七月一五日に消滅したことを認定しているわけではないことは記載上明らかである。そこで、佐川急便労組が消滅したか否か及び消滅したとするとその時期がいつであるかを判断するに、佐川急便労組が、平成六年九月一四日付けで運輸労連及び運輸労連大阪府連に対し、中西名義で「当組合は組合員の脱退により一九九四年七月一五日解散いたしました。従って貴運輸労連を脱退致します。皆様本当にありがとうございました。」との文書を送付したこと(前記第二の一3)、中西が平成六年一〇月五日付けで被告に対し、佐川急便労組元執行委員長名義で「佐川急便労組は、一九九四年七月一五日、組合員全員の脱退により解散し、同時に運輸労連を脱退致しました。以上の経過により、佐川急便労組として申立てを維持する意思はありませんのでその旨報告致します。」との報告書を提出したこと(前記第二の一5)、被告における第一回調査期日(平成六年一〇月二六日)に佐川急便労組の代表者ないしその代理人が出頭しなかったこと(前記第二の一6)に鑑みると、佐川急便労組は、初審命令発出時点では存在していたものの、平成六年一〇月二六日の被告における審理の終結時点では、既に組合員全員が脱退するとともにこれを存続させない意思を上部団体等に明らかにしており、消滅していたものと認められる(原告は 、佐川急便労組の消滅日は特定日であるから、一定期間内のどの時点かで消滅したということはあり得ない旨の主張をするが、本件において、審理終結時点あるいは命令発出時点において佐川急便労組が消滅していたと認定することに何ら問題はない)。なお、原告の主張する平成六年七月二二日と八月一〇日に原告が佐川急便労組との間で団体交渉を実施していること及び佐川急便労組の運輸労連大阪府連からの脱退が同年九月一四日付けであることは、右認定と矛盾するものではないし、佐川急便労組代理人名義の平成六年一二月一日付け被告宛ての意見書は、大阪地労委段階での救済命令申立人代理人として被告への意見を述べたものに過ぎず、意見書提出段階で佐川急便労組が既に消滅していること自体は当然の前提としていると認められる(乙八)。また大阪地労委で佐川急便労組の代理人をしていた弁護士が佐川急便労組宛てに平成七年の年賀状及び暑中見舞い状を送付しているとの主張については、単なる書面であり、形式的なものに過ぎない。したがって、いずれもこれをもって佐川急便労組が存続している理由とはならない。

二 救済命令の申立人である佐川急便労組は、右のとおり、被告における審理終結日までに消滅していたものであるところ、使用者に対する初審命令の効力は、救済命令の申立人か消滅したことにより、その拘束力が失われたものと解すべきである。したがって、原告には、もはや将来にわたって、初審命令を履行すべき義務がなく、また、初審命令に違反する事態の発生することはありえないのであるから、原告に本件命令の取消しを求める法律上の利益は存しないというべきであり、本件訴えは、却下すべきことになる。

(裁判長裁判官遠藤賢治 裁判官白石史子 裁判官片田信宏)

別紙一

主文

被申立人は、一メートル×二メートル大の白色板に下記のとおり明瞭に墨書して、被申立人深江営業所玄関付近の従業員の見やすい場所に一〇日間掲示しなければならない。

《以下省略》

別紙二

主文

一 本件初審命令のうち、再審査被申立人全日本運輸産業労働組合連合会大阪府連合会に関する部分を取り消し、同再審査被申立人の本件救済申立てを却下する。

二 再審査申立人佐川急便株式会社の再審査被申立人佐川急便労働組合に係る本件再審査申立てを却下する。

理由

一 本件初審申立て及び初審命令

(1) 本件の初審申立ては、本件再審査被申立人である全日本運輸産業労働組合連合会大阪府連合会(以下「運輸労連大阪府連」という。)及び佐川急便労働組合(以下「佐川急便労組」という。)が申立人となり、本件再審査申立人である佐川急便株式会社(以下「会社」という。)を被申立人として、平成五年八月一三日及び同年一〇月一三日に大阪府地方労働委員会(以下「大阪地労委」という。)に対して行われ、それぞれ大阪地労委平成五年(不)第四二号事件及び同第五八号事件として同地労委に係属した。

(2) 大阪地労委は、両事件を併合して審査し、平成六年六月七日、運輸労連大阪府連及び佐川急便労組の申立てを認める旨の救済命令を発した。

(3) 本件初審命令の認定によれば、当初組合員四二名をもって結成された佐川急便労組の組合員は、初審における審問終結時には、組合員四一名が脱退し、執行委員長である中西幸一のみとなっていた。

二 本件再審査申立て及び再審査申立て後の経過

(1) 会社は、この救済命令を不服として、平成六年六月八日、当委員会に再審査を申し立て、本件初審命令の取消しを求めた。

(2) 佐川急便労組は、平成六年九月一四日付けで、全日本運輸産業労働組合連合会及び運輸労連大阪府連に対し、執行委員長中西幸一名をもって「当組合は組合員の脱退により一九九四年七月一五日解散いたしました。従って貴運輸労連を脱退致します。皆様本当にありがとうございました。」との文書を送付した。

(3) 運輸労連大阪府連は、平成六年九月一六日付けで当委員会に対し、「佐川急便労働組合の運輸労連大阪府連合会からの脱退(九月一四日付け)により、今後一切、被申立人として争わないことを通告いたします。」旨の通知書を提出した。

(4) 中西幸一は、平成六年一〇月五日付けで当委員会に対し、佐川急便労働組合元執行委員長名をもって「佐川急便労働組合は、一九九四年七月一五日、組合員全員の脱退により解散し、同時に運輸労連を脱退しました。以上の経過により、佐川急便労働組合として申立てを維持する意思はありませんのでその旨報告します。」旨の報告書を提出した。

(5) 本件再審査申立てに係る第一回調査期日である平成六年一〇月二六日、当委員会は、会社のみの出頭により調査を行った。

三 当委員会の判断

(1) 運輸労連大阪府連に係る再審査申立てについて

上記二の(3)のとおり、運輸労連大阪府連は、平成六年九月一六日付けで、当委員会に対し、佐川急便労組の運輸労連大阪府連からの脱退により、今後一切、被申立人として争わない旨の通知書を提出している。

この通知書の趣旨は、運輸労連大阪府連が本件初審救済申立てを維持する意思を放棄したものと解するのが相当である。

よって、本件初審命令のうち、運輸労連大阪府連に関する部分を取り消し、運輸労連大阪府連の本件初審救済申立てを却下することとした。

(2) 佐川急便労組に係る再審査申立てについて

上記二の(4)のとおり、中西幸一は、平成六年一〇月五日付けで、当委員会に対し、佐川急便労組元執行委員長名義をもって、佐川急便労組は、同年七月一五日組合員全員の脱退により解散し、同時に運輸労連大阪府連を脱退した旨の報告書を提出している。

以上によれば、佐川急便労組は、現時点においてはすでに消滅しているものと認められる。

よって、佐川急便労組に係る会社の本件再審査申立てについては、再審査の手続を進めるに由なくなったものというべきであるから、これを却下することとした。

以上のとおりであるので、労働組合法第二五条及び第二七条並びに労働委員会規則第五六条第一項の規定により準用される同第三四条の規定に基づき主文のとおり決定する。

平成七年四月一九日

中央労働委員会

会長 萩澤清彦

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